素晴らしきかな日本人 by 小早川俊一

御覧戴いてありがとうございます。2010年3月著名人・CM以外のブロガーを締め出した”イザ・ブログ”からあちこちテスト投稿後、過去のイザ・ブログ原稿と一緒にライブドア・ブログに移行しました。名も無きブロガーの悲哀ですね(笑)2013年は20年毎に行われる、お伊勢さまの第62回式年遷宮!これからの20年は弱者優先だった”米の座”から"働かない者食うべからず"の”金の座”に”ご遷移”されましたので[才覚次第で大金持ちになれる]チャンスに溢れる激動の弱肉強食の時代となる筈です! 人類史上[誰でも何でも平等]なんて国家が繁栄した事はなく、官庁.学校.企業も解雇も出来ず努力もしない低レベルの輩が大手を振ってのさばってる日本に明るい未来はあるのでしょうか?もっと競争原理を容認し”ジャパン・ドリーム”が実現する社会にしてほしいものです!

ボーイング

御巣鷹の尾根へのレクレイム!なぜJAL123便は迷走したのか?プロローグ

ネット上では、今もJAL123便墜落事故の事故報告書を認めず自説を載せるブログやホームページが氾濫しています。これには、ちょっと驚きました!
私もこれから、二十三回忌に向けて、インターネット上の様々な情報を整理しながら、少しずつ加筆修正し、この事故を検証してみたいと思います。

---------------   プロローグ Ⅰ       基礎知識             ----------------


日本航空123便(ボーイング747型機)が1985年8月12日午後6時56分に、群馬県高天原山の尾根斜面(後に御巣鷹の尾根と命名)に激突炎上し、520名の尊い人命が失われました。
お盆の帰省時でほぼ満席でした。坂本九以下多数の著名人も乗っていました。
膨大なネットの中からこの事故の真相究明に役立つ情報を抽出してみました。
              
↑① http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85#.E6.A6.82.E8.A6.81 ←まずはご存じWikipediaを読んでみましょう。 
垂直尾翼はこの想像図よりもっと残っていました!

↑最新版では修正されていますが最初の方が救われます。
② http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm←事故から20年間の新聞の見出に目を通して
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm←同頁中の生還した落合由美さんの証言を読む
③ http://members.at.infoseek.co.jp/tinsukou114/JAL123.swf航跡シュミレーションで飛行ルートを検証し
http://www.flightinfo.jp/jal123forever/videos.html ←こちらは映像でのシュミレータ
④ JAL123便 ”悲劇の真相”を精読 垂直尾翼の知識吸収!読み応えありますよ!(削除されたのでネット上ではもはや観れなくなりました・残念!)


⑤ http://logs.dreamhosters.com/html/1/210/646/1210646095.html  ←こちらを呼んでもう一度おさらいして
 http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/jal_frame.html   CVR(コクピットボイスレコーダーを画面読みながら聞いてみて
⑦ http://www.jalcrew.jp/jca/public/123/fujitv123.htm ←公開されたCVRの不明部分をデジタル処理した結果が載っていますので、観ながらもう一度CRVを聞いてみると!http://flash.blog4.fc2.com/blog-entry-172.html←こちらにも載ってます
⑧ http://www.geocities.jp/at_mocha/ja123/ja123.htm←搭載された92個の放射性物質や劣化ウランの情報についての詳細はこちら
⑨ http://sk.fox.ac/jal123/photo.htm   ←事故写真集を見る!気の弱い人は見ないで下さい!夜、魘(うなさ)されますよ!
⑩ http://araic.assistmicro.co.jp/aircraft/download/bunkatsu.html ←(5)がJAL123便(JA8119)事故報告書(PDF)ダウンロード出来ます。

---------------   プロローグ Ⅱ         謎               ----------------

基礎知識を読んでの素朴な疑問点を列挙してみました。

謎1、事故調査委員会は、早々に後部圧力隔壁と結論し、なぜ相模湾から最重要証拠の垂直尾翼やAPUの残骸を真剣に探そうしなかったのか?
謎2、放射能物質の残存影響や救助に携わった人達の健康等の追跡調査も行っていないのはなぜか?
謎3、どうして墜落現場の誤報が起きたのか?発生源も調査されず、あやふやのままなのか?
謎4、誰が放射能物質の安全確認したのか?どうして10時間も掛かりすぎたのか?
謎5、突然の左旋回の説明が全くなされていないのはなぜか?
謎6、当日の自衛隊に協力したと感じられる事例が少なすぎるのでは?
謎7、ボーイング社の事故原因検証が最初に隔壁修理ミス有りきではないのか?
謎8、なぜ機長は有視界操縦可能中に横田基地3000m滑走路へ不時着を試みようとしなかったのか?
謎9、米軍の救助協力申し出をなぜ断ったのか?本当の理由とは?
謎10、事故調査委員会の垂直尾翼を破壊した圧力4.0psiは本当か?(機内圧は6.9/8.9psi日本航空常時は8.9psiだった)

---------------  プロローグ Ⅲ 事故調査報告書の欺瞞 ----------------

事故の原因は、圧力隔壁が1978年6月2日の伊丹空港での尻もち事故修理が不適切だった為、金属疲労により破壊し方向舵が吹きとんだ事に結論付けられました。

しかし、、落合、川上両生存者の証言や、偶然焼け残ったカメラに写っていた機内の落ち着いた状態や、、コクピットの会話が垂直尾翼部の脱落後も同じだったこと、パイロットが、発生後機長は2000フィート(約600m)しか降下せず高度維持した事から、

今では”最初の原因が隔壁の破壊だけでは無かった”事は、明らかになっていると言って良いでししょう。
APUが損傷しその爆風で圧力隔壁の一部に亀裂が入り、垂直尾翼部が崩落しその後圧力隔壁の修理部が徐々に亀裂が拡大したか、最初の御巣鷹山の山頂衝突時に破壊された可能性の方が大きいのです。

---------------   プロローグ Ⅳ JAL123便の不運    ----------------

日本航空123便の悲劇を大きくしたのは、第一に関西地区への放射性物質の輸送定期便だった事です。
さらに、悪い事には、当時の747の尾翼部には劣化ウランが方向舵と昇降舵の重りとして使われていました。
この放射性物質搭載が、救出活動の遅れを招いた最大の要因であり、今でも、ネット上で様々な憶測と論争を呼ぶ原因ともなっています。
事実、自衛隊の救援活動は、現地到着後も、安全確認待ちで、待機状態が続いていました。
いまも、御巣鷹山には放射能が残っているので、中性子爆弾で撃ち落とされた等と言う説まで出てくる始末!

---------------   プロローグ Ⅴ一番人気 自衛隊戦闘機による撃墜説  --------------

なぜ今も、自衛隊原因説や自衛隊戦闘機による撃墜説がネット上を賑わかしているのでしょう?

スクランブル発進した2機のF4J戦闘機が、墜落後に現場に到着したことになってるのが、撃墜隠蔽説を補強する結果になっています!墜落現場の特定ならヘリコプターで十分ですから!
時間的には、アメリカ軍より先に自衛隊のF4J戦闘機が(スコーク77受信後直ちにスクランブルしていれば)JAL123便を発見し、状況を機長に知らせる事も出来た筈ですからね。
どう考えても、事故発生から55分も経って、ようやくジャンボ旅客機発見なんて信じろと言う方が無理ですからね!しかも墜落した後なんて事は有り得ません!
しかもF4Jのパイロットの一人は、その後事故死してるんですって
レーダーに映った正体不明の飛行物体には、すぐさま接近できるのに、ジャンボが見つけられなかったなんて!(低空飛行になったのでレーダーには映らなくなった?羽田とJAL123便の墜落直前の会話では管制官が位置を教えている!)

さらに、せっかくCRVが無事回収されたのに、経験のあるパイロットにも聞かせず事故調査委員会の言わば操縦の素人で、勝手な解釈が行われ、相模湾に沈んだ垂直尾翼部もなぜか回収されなかったのですから、百家論争が起きるのは無理もありませんが!(苦笑)

最初のキーワードが、日本航空の最初の記者会見での、北朝鮮のミサイルとの非公式発言です。(爆発音!)
常識的に考えて、圧力隔壁が損傷しなかった(機内で異常発生の報告がなかった)のに垂直尾翼部が破壊され(方向舵が効かず油圧が無くなった)、機体後部のトイレ部が外れたり、天井の一部が垂れ下がる事といったら、何かと衝突したと考えたからでしょね。
これが、自衛隊無人標的機やミサイルとの衝突説の根拠になっていますし、実際一機行方不明になっているそうです(公式記録では、当然記載されていません)

当時、自衛隊にとって誠に運悪く、尾翼部が崩落した相模湾海域では、海上自衛隊の護衛艦(まつゆき)が試航海中でした。
←同型艦 公式には弾薬は搭載していなかったとされています!
”まつゆき”は当時としては、ガスタービン+艦対空シースパローミサイル+ヘリコプター搭載と日本が世界に誇れる本格的フリーゲート艦でした。
←艦対空ミサイル射程距離26Km重量231kg速度マッハ4全長3.66m重量231kg
このシースパローの無人標的機への発射実験が行われたとすれば、撃墜された無人標的機やシースパローの残骸が垂直尾翼部崩落前に、日本航空の尾翼部に当った可能性が大きいのす。
全く別の地点、高度でのテストだったとしても、憶測を呼ぶので最高機密扱いされてしまっているでしょうね!
さらに言えば御殿場演習場と”まつゆき”を結ぶ線上との交点で発生したと言えます。

ですが、改竄(ざん)されていない限り公開されたコクピットの会話では、未確認飛行物体に一言も触れられていないので、もし無人標的機やミサイルが起こしたとしても、JAL123便に直接当ったのでは無く、高高度で破壊された残骸が思わぬ方向に飛び、偶然にJAL123便の尾翼部に当たってしまて開口部が出来、それが尾翼部の破壊崩落を引き起こしたとは考えられないでしょうかと思われてしまう状況でした。
ミサイル発射実験が行われていないとしたら?様々な要因が考えられるので、崩落した垂直尾翼を何が何でも回収して検証しなければなりません!
一つの可能性として隕石も考えられますし、衛星落下時の燃えカスの可能性もあります!
なんとも疑問なのは、百里基地から飛び立ったF4J戦闘機との横田基地の距離は直線距離で108km!1.5倍の円航跡しても150km程度です。
旋回して高度を下げた大月市までも百里基地から150km!
音速以下で飛行したとしても毎分16kmですから発進後15分で大きな747の機体を視認出来た筈です
スクランブルしたF4J戦闘機は公式にも墜落地点を視認して位置を確認いたのですから、常識的には墜落地点の誤報はあり得ません!

このように自衛隊にとって悪条件が重なっているので、自衛隊がこの墜落事故に絡んでいたのではないか?との憶測を呼んでいる訳です。

         こう書くと、いかにも自衛隊が絡んでいそうですね

---------------   プロローグ Ⅳ  CRVの流出      ----------------

さらに、門外不出の筈のCVR(コクピットボイスレコーダー)がマスコミに流出!更なる論争の火に油を注ぐことになっています。

しかし流出したお陰で、落合さんが観た、衝撃音(衝撃では有りませんよ)の後の白い煙の正体もほぼ確定されたと言って良いでしょう!

圧力隔壁が尾翼を吹き飛ばす程に壊れなかったのなら、
一体何が原因で垂直尾翼は吹き飛んだのでしょうね
圧力隔壁破壊以外に落合さんの言う一瞬の白いもやの正体とは?

ヒントはすべてプロローグⅠ 基礎知識 の参照URLにあります。    

では 真相に迫って行きましょう  ---------> 第一部に続く

http://kobayakawashunichi.blog.jp/archives/2870029.html


このブログは8月12日まで加筆、修正しながら御巣鷹の尾根への鎮魂歌として捧げます。
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                  レクレイムの為に割愛します。
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御巣鷹の尾根へのレクレイム!なぜJAL123便は迷走したのか?第一部

第1章 747機&時代背景

1978年6月2日
JAL123便のボーイング747SR-100型(JA8119)機は大阪国際空港(伊丹)で着陸時に操縦ミスで尻もち事故を起こし機体後部を損傷した。
4年後の1982年8月19日には着陸時に右第4エンジンを滑走路に接触させ、危うく大惨事になる操縦ミスを犯しています。
そして3度目の正直!3年後の1985年8月12日に墜落炎上事故が起きてしまいました。
        ←JAL123便(JA8119)
↑拡大写真はhttp://www.airliners.net/photo/Japan%20Air%20Lines%20-%20JAL/Boeing%20747SR-46/0217820/L/&width=1024&height=677&sok=&photo_nr=&prev_id=&next_id=
 製造年月日1974年1月30日 製造番号20783 登録日1974年2月19日

その2か月前の6月23日には、インド航空のボーイング747機が大西洋上空で手荷物の爆発で墜落し329名の犠牲者を出しており、航空機テロの危険があった時期でもあります。
インド航空のボーイング747機が爆発した同時刻、成田空港でも、インド航空への航空貨物積み替え中に爆発する死傷事件も発生しています。

田中角栄氏2月27日竹下登氏の創政会旗揚げに激怒し脳梗塞で倒れた年でもあります。
その田中氏の支持で首相になった中曽根康弘氏にとって、6月に田中事務所が閉鎖され、ようやく権力を持とうとしていた矢先の事故でした。
中曽根首相と2期目に入ったレーガン米国大統領はロンヤスと呼び合う親しい関係を構築していました。

第2章 疑問点の存在

このような世情を頭に入れて、一般常識で疑問点を一つずつ検証してみましょう

謎1、事故調査委員会は、早々に後部圧力隔壁と結論し、なぜ相模湾から最重要証拠の垂直尾翼やAPUの残骸を真剣に探そうしなかったのか?
回収したくても予算が付かなかった!なぜって?中曽根さんが熱心じゃなかったからです。なぜ中曽根さんは回収予算を与えなかったのでしょう?
事故調査委員会の調査資料が情報公開法施行(2001年4月1日)直前に破棄(2000年に)された事と関係があるんでしょうね。
絶対に何んらのか隠蔽工作があったと思われても仕方がない!

謎2、放射能物質の残存影響や救助に携わった人達の健康等の追跡調査も行っていないのはなぜか?
放射性物質の安全宣言を出してしまったので出来ない!

謎3、どうして墜落現場の誤報が起きたのか?発生源も調査されず、あやふやのままなのか?
もくせい号墜落事故と同じで国家機密?時間稼ぎの為に意識的発表!

謎4、誰が放射能物質の安全確認したのか?どうして10時間も掛かりすぎたのか?
完全な時間稼ぎ!公式には中曽根首相も就寝中ですから。

謎5、突然の左旋回の説明が全くなされていないのはなぜか?
資料が無い!フライトレコーダー解析しても意味がない!

謎6、当日の自衛隊に緊急事態に協力したと感じられる記録がなさすぎるのでは?
緊急事態に於いて、民間機へのエスコート(護衛、誘導)がなされなければならない!のに、機影消滅まで待機?私も最初有り得ないと思ったのですが?1971年の全日空機雫石衝突事故を検索してみて下さい。当時民間の旅客機に近づきたくなかった事が判ります!まだ民事で抗争中!だったのです。
自衛隊関与説はこの点を見過ごしていると思います。

謎7、ボーイング社の事故原因検証が最初に隔壁修理ミス有りきではないのか?
異例の速さで隔壁修理ミスを発見?隔壁修理については下側を新品に交換してあったので球型の圧力隔壁が破壊される事はない!と本気で思っていたのです。
私は今でも隔壁が破壊される筈はないと思っています!球体は割れにくくジョイント部が簡単に破壊されるなんて信じていません!

謎8、なぜ機長は有視界操縦可能中に横田基地3000m滑走路へ不時着を試みようとしなかったのか?
フライトの航跡では、明らかに横田を目指していたと思えます。まぜ横田と連絡しなかったのか?

謎9、米軍の救助協力申し出を断った本当の理由とは?
中曽根さんレーガン大統領は親しい!断る理由は何も無い!最大の謎?そして解明の鍵!

謎10、事故調査委員会の垂直尾翼を破壊した圧力4.0psiは本当か?(機内圧は6.9/8.9psi日本航空常時は8.9psiだった)
意外ともろい!本当なら通常の圧縮機のエアー(6~10psi)で簡単に破壊されてしまう!
(注)1 PSI = 2.036 inHg = 0.07 kg/cm2

第3章 真相へのアプローチ

調査資料を破棄しなければならなかった程、隠蔽されたJAL123便墜落事故の真相にネットの情報から迫ってみたいと思います。

1)先ずは尾翼部破壊前のCVR分析から入ってみましょう。


尾翼部が衝撃音とともに崩落する前のアテンダントと副操縦士の会話を分析すると、操縦士が緊張していたことが判ったのです。
水平飛行になり、自動運転で緊張も解ける時点での緊張とベルトサインの点灯は、垂直尾翼部の崩落前に何らかの異常が発生していた可能性を示唆しています。

2)次に垂直尾翼部崩落時のコクピット状況を考察してみると

何らかの前兆があったからこそ、水平尾翼が破壊される前にコクピットが緊張し、機長は18時24分34~5秒!爆発音を聞いて何か爆発したぞ”と言った7秒後18時24分42秒に有名になったスコーク77(緊急事態発生=EMER)を躊躇せずに出せたのでしょう。
レーダー上の機影にはEMGが表示されました。

3)垂直尾翼崩壊
← http://www1.odn.ne.jp/~cck42770/Main4.html#anchor934277 崩落過程の詳細説明ではネット上一番かも!開口部が出来て垂直尾翼崩壊の詳細や白いもやの正体についてはまだ判らない方は、上記のサイトを再度参照してください。

この説を読むと、落合証言の”青空が見える程の穴は空いてない”のに、後部での天井の垂れ落も、尾翼部が崩落した時の衝撃で起きたことで納得できますし、小さな減圧で済んでいた理由が、ある程度理解出来ると思います。
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm ←落合さんの証言参照)

尻もち事故の影響で尾翼部にも金属疲労が起こって自然崩落した可能性もゼロではありませんが、素人の感想では垂直尾翼より水平尾翼の取り付け部分の方に力が加わる筈ですし、その後ボーイング社では400型まで尾翼部の大幅変更が行われていない事やその後747は一機も垂直尾翼部の崩落事故が発生していない事から、

私は、相模湾上空で小さな何かが(垂直)尾翼部に衝突し、開口部が出来、以前からの隔壁の結合部からの機内圧の漏れと相まって(垂直)尾翼部の内部圧力が徐々に高まり、開口部の外皮がめくれ300ノット(時速555KM)の空気抵抗で垂直尾翼内部圧力が急激に上昇し垂直尾翼上部から方向舵取り付け部を一気に吹き飛ばしたと推論するに到りました。
しかし、爆発音を説明出来ません。

(注)8月23日の新聞の見出しに事故後の緊急点検で日本アジア航空同型機の垂直尾翼部に亀裂!とあります。同じように亀裂が出来ていたなら崩壊も早い!逆に言えば、緊張を生む前兆を説明出来ないからですが、崩落した尾翼部が回収されないと謎のままです!

スコーク77の後、機長が最初にギアみてギアと言っています。
その後の意味不明だった言葉も公開されたCRVを、デジタル処理してノイズ除去した結果ボデイギアだった事が判って来ました。
(忘れた方は、http://www.jalcrew.jp/jca/public/123/fujitv123.htm を再度読んでみてください!)

ボデイギアは胴体に格納された車輪の事です。(747-SR型=短距離用は車輪が強化され特に重い!)
重い車輪が油圧系統の損傷で最初に動いた事は万人が納得できますよね
ですから機長が最初にギアギアと言ってたのでしょう。会話も自然の流れになります。

ボデイギアが動くと一瞬減圧される事が載っています
これが落合さんの観た白いもやの正体と観て間違いないと思いますね!

衝撃後も、機内圧に異常が見られないので機長は羽田管制塔に高度を24,000フィート(7,315m)から22,000フィート(6,705m)に降下維持と言っています。
(機内圧が高高度と同じになる緊急事態なら、すぐさま14,000フィート以下に降下しなければなりません)

素人が考えても、
最初に圧力隔壁が破損した事故報告書は、ボーイング社の言いなりだったって事が明白です。
ボーイング社が、決着を急いだ為に強引に作成された報告書と言っても良いでしょう!
(注)
尾翼部を吹き飛ばすほどの圧力隔壁の破断が発生したら、機内の手荷物等は機外に吸い出され温度も急激に低下します。
高度22,000フィート(6,600m)を維持できる筈は無いので、圧力隔壁の破断は尾翼部崩壊後徐々に進行したと考えるのが自然だと思いますね。
なにより客室乗務員から機体後部破損等の緊急連絡がなされる筈ですが、この時点の緊急報告はCVRには記録されていません。

4)垂直尾翼方向舵崩落後の操縦を検証

機長はすぐさま羽田に帰還を要請し、ここで左旋回していれば一回のターンのみで大島から羽田に一直線で向かえます!

運の悪い事に、機長昇格訓練飛行の為、JAL123便の機長席には副操縦士が座っていました。
本来は機長は左側の席ですから、もし通常通り機長が左側の席に座っていれば視界の良い左旋回をしてその後も楽な海上ルートを選んだかも知れませんし、機長が操縦していれば又変わった展開になっていたかも知れないとの説もあります。

自分で選択したなら、右旋回して陸地側を選んだ真意は判りませんが、夕闇迫る時間帯だったので海上飛行を本能的に避けたのかも知れませんし、また続々離陸した後続機とのニアミスを避けようとしたのかも知れません。

この右旋回は自分で右旋回を選んだのか?不可抗力で右を向いてしまったのか?で機長に責任が及ぶ重要なポイントですが

機長は近くの大島レーダー誘導を希望したのにもかかわらず羽田からの右か左かの問いに、右旋回中(Going to right turn, over)と返しています。
実際航跡でもこの時点で既に機首は右を向いています。

選んだんじゃなく垂直尾翼の倒壊時の過程で右を向いてしまったとみて良いでしょう!垂直尾翼は既になく、いまだ経験無いダッチロールの抑えに翻弄されているのですから、ネット上のなぜ機長は右旋回コースを選んだかの論争は無意味です。

ともあれ、JAL123便は大きく右に曲がりながら、一路羽田空港を目指しながら、!

5)航空自衛隊スクランブルの有無

この民間機のEMER(緊急救援信号)に対して、本来護衛誘導すべき航空自衛隊は何ら援助行動を起こしていません!
(この行動には、全日空機雫石衝突事故が影響していたと思われます。1983年9月まで国と全日空は最高裁で争っていましたし、賠償問題を東京高裁で争っている最中だったのですから!航空自衛隊が出動要請が出るまで動かなかったとしても不思議じゃないのです)

戦闘機をスクランブルかけて、状況を把握するでも無し!この時、すぐさま123便に近づき、機体状況を連絡するなり誘導するなりしていれば全く展開は変わった筈ですが、残念ながら公式にはF4やF15戦闘機とJAL123便の交信はありません!

6)方向舵無しで羽田帰還コースに乗る!

油圧も効かず方向舵も無い状態で22000フィート~24000フィートを維持しながらダッチロール(方向舵がないので気流の影響で左右にぶれる)フゴイド運動(フラップが迅速に動かないので上下に動く)をなんとかコントローし、なんとかで大月市上空まで右旋回を行い羽田方面に機首が向きました!

18時41分大月市上空で、JAL123便はボデイギャ(車輪)を出して一回転の右旋回をしながら13500フィート(4,115m)まで降下します。
18時45分
旋回が終わり高度が下がった地点では、横田基地は30kM と離れていませんでしたし、方向も羽田方面を指しています。

ここまで操縦桿は一人でも動かせたようなので、電動フラップと操縦桿は連動していたと思われます。

(予断=余談じゃないですよ)
貴方が管制官なら、羽田への許可出来ますか?
一歩間違って操縦不能で墜落したら、人口密集地が火の海になる(だけでなく、放射能に汚染される事になる)のですよ!と思うから撃墜説になります。

事故発生20分が経過!この時点では、まだ垂直尾翼が無い事も放射性物質が積んである事も未確認だったと思われます。

この前後に帰還中とされる米軍の輸送機がJAL123便を視認した可能性はあります。その結果垂直尾翼が無い事が判明したとも考えられます。

油圧での昇降舵もフラップも使えないので、補助モーターでの操作ですが、動作は当然緩慢になり、降下も上昇も修正が難しい状態になっていたことは想像できます!
そんな状態での着陸には長ーいアプローチが必要ですよね。

コントロールが難しいジャンボ旅客機が放射能物質も積んで
横浜、川崎の市街地上空を低空で飛ぶ事に、管制塔から何らかの示唆があって当然ですがCVRには記録されていません!

ここまでは、ほぼ完璧な操縦で羽田に向かって飛行し燃料も少なくなり、胴体着陸でも助かる見込みは大いにあったのですが、なぜか流出したCVRでは、この後音声が途切れた後に、
謎と言われる左旋回が始まります。
この時点での速度は時速220ノット(407km=1ノット1852m)!
横田基地まではわずか30km4~5分の距離です。
(注)
常事態発生から20分が経過しています。EMER(緊急事態)発信から5分後にスクランブルしとすればF4J戦闘機が丁度JAL123便をすでに発見追尾出来た頃です!
撃墜説もこうやって検証してみると、時代背景が無ければ、かなりの可能性を感じられます(苦笑)


7)迷走

これから謎が謎を呼ぶミステリーが始まります。左旋回と迷走です!

18時45分33秒 横田基地のコンタクトが始まると同時に
高度13500フィート(4115m)のJAL123便は、会話も無く羽田に向けていた機首を突然、左に振り降下を開始します。左前方30Kmには3,000m滑走路の横田基地があります
18時46分6秒 副操縦士が”相模湖まで来てます”と!相模湖と横田基地はもはや20kmしかありません。旋回中に降下も始まっています

ここでの、左旋回した理由は、
この軌跡と高度からJAL123便が、羽田への帰還を諦め、横田基地を目指そうとした事以外考えられません。機長が一言YOKOTAと言っていればミステリーでは無くなったのに!

しかし流出したCVRでは、横田基地からの呼びかけになぜか全く答えようとしません!
目前には横に一直線の滑走路が視界に入っていた筈です。
機体はさらに降下しながら左旋回し続けます。
18時46分33秒に機長が”これはだめかもわからんね”と!の録音が!操縦系統なのか?それとも着陸がダメだったのか?補助モーターが極端に遅くなったのか?

1分間約2,000フィート(600m)の降下率で!
しかし、昇降舵を油圧で制御出来ないJAL123便には、4分間で4,000mの降下は着陸態勢を取れず自殺行為になる可能性もあります。

18時47分:6秒羽田へレーダー誘導を要求してます。これに対して羽田からは”ランウエイ22なので090をキープしてください”と答えています。

ここまではなんとか予備可動部でコントロール出来た感じがします。

しかし機体は左旋回しながら高度は9000フィート(2700m)まで下がり続けます。

17秒に”ハイドロクオンティがオールロスですしこれがこれからの迷走原因なのかも知れません!

なぜならこれからコクピットは操縦桿を2人がかりで動かす程の戦場と化すからです。
30秒羽田より”TOKYOアプローチ119.7” 
39秒機長が”おい山だぞ”と言ってます。41秒機長が”ターンライト”しかし機首はまだ左に44秒55秒にも”ライトターン” 53秒”山にぶつかるぞ”58秒高度警告音が鳴ります!”マックスパワー”の叫び
18時48分:6800フィート(2072m)まで下がった高度は再び上がり始めます。
ようやく右旋回になったと思ったら、あっという間に前方には2,000m級の山々が迫ってきます! 
目の前には1794mの白泰山!その先に扇平山、1800mの三国山、1987mの高天原山が!
一旦右旋回になった機体を5秒には”レフトターン”と!8秒10秒12秒にも”レフトターン”と機長が!
方向舵が失われフラップも動作が緩慢過ぎて一旦旋回を始めると簡単には元に戻れない事が判ります
しかも、この時から山岳地帯に入り、JAL123便は自分の位置確認が出来なくなってしまうのです。

右旋回をして横田基地に着陸しようとしても、位置が判らなければどのように旋回して良いのか判りませんよね!
位置も判らずに機首が上下動するなか、夕闇迫る有視界飛行も危険とJAL123便はさらに高度を上げてようとして機首が上がり過ぎます。
20秒
”頭下げろ”22秒35秒と”あたま下げろ”
18時49分39秒:機長が失速警報に”あーだめだ!”41秒”マックスパワーマックスパワー”
18時50分7秒:機長”どーんといこうや”

18時51分 9,800フィート(2,987m)まで上昇
18時54分 11,000フィート(3,352m)の高度に達します!

そして再び三国山の西南、扇平山と間で右旋回を試みるのですが、まるで右エンジンが停止したような右翼が下がった状態で、急旋回(何らか異常が発生したと思われます!)が始まり、みるみる高度が落ちてしまうのです。
後々墜落地点から4~5km離れたこの急旋回は、丁度旋回時の扇平山でJAL123便の部品が発見されたため、様々な論議を呼びます。

ここで自衛隊のF4戦闘機にミサイルで撃墜されたとかの説も!
赤外線追尾ミサイルでエンジンが!と考えられる右急旋回が発生しています。
事実、墜落後エンジン一基はバラバラに破壊されていましたが事故現場です。
原型を留めていた他のエンジンとのギャップは解消されていません!なんて考えると
撃墜説に!
でもCVRを精査すれば、48分を境に状況が一変した事が伝わって来ます。
片側のフラップが不調になり右翼が下がったのでしょう。もはや打つ手はありません!
18時56分8,400フィート(2,560)まで降下!速度を上げながら!

8)墜落の状況

パイロットの必死の努力も、虚しく尾根の木々をなぎ倒しながら山頂に後部が接地し胴体が割れ、生存者がいた後部が脱落し、ほぼ180度回転しながら高天原山の無名の尾根の急斜面に機首から激突反転して背面で炎上した事になっています。
V型の墜落痕を残して!

               謎に解明へ---->第2部に続く

       http://kobayakawashunichi.blog.jp/archives/2870022.html

このブログは8月12日まで加筆、修正しながら御巣鷹の尾根への鎮魂歌として捧げます。

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               レクレイムの為に割愛します。
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御巣鷹の尾根へのレクレイム!なぜJAL123便は迷走したのか?第3部完結編

第一章 JAL123便墜落事故のまさかの真相

1)垂直尾翼部の崩壊要因はAPU
 ←APUに注目!
↑ 
http://www1.odn.ne.jp/~cck42770/Main4.html#anchor934277 ←再度読んでみて下さい。
(注)APU
747において補助動力ユニット(Auxiliary Power Unit)は、機体の尾部に設置された燃料で動くエンジンで、747の油圧と圧搾空気の圧力と電力を供給します。つまり、メインエンジンを除く747に必要なほぼ全ての機能を供給。

(APUは双発や多発エンジンの飛行機で、通常は使用せず停止したエンジンの代わりに発電や油圧を担当する場合もあります。)
APUは、上記(注)に記載した様に油圧や圧搾空気を作ります!
尻もち事故でダメージを受けた圧搾空気のパイプに亀裂が出来、エアーが漏れ出したとすれば、上半分下半分に分割されたショイント部分からの漏れた機内圧も加わり、開口部が空いた状態と同じく垂直尾翼の内部圧力が高くなります。
高度が上がれば垂直尾翼の外皮が膨らみ、方向舵もフラッターをを起こしてコクピットに緊張を生じさせます。


第一部で
”私は、相模湾上空で小さな何かが垂直)尾翼部に衝突し、開口部が出来、以前からの隔壁の結合部からの機内圧の漏れと相まって(垂直)尾翼部の内部圧力が徐々に高まり、開口部の外皮がめくれ300ノット(時速555KM)の空気抵抗で垂直尾翼内部圧力が急激に上昇し垂直尾翼上部から方向舵取り付け部を一気に吹き飛ばしたと推論するに到りました。”
と書きました。


しかし、かが外側からではなく、内側からだとすると、明快な可能性が浮かび上がってきます!
それは、後部隔壁のさらに後ろ最後尾で圧搾空気や電力を供給するAPU(補助動力装置)の損傷なのです。
事故の発端がAPUの損傷だとすれば、全ての謎が解けます。
しかも、事故調査委員会は、真相を示唆する内容を残してくれました。
それは、真犯人が圧力隔壁でなければ、爆風を発生させるのは、APUしか原因として有り得ないと言う明快な答えです。
つまり、圧力隔壁が破壊されなていない場合、防火壁を破壊出来るのはAPUの損傷以外無いと言ってるのと同じ事なのです。

1978年(昭和53年)以降のAPU不具合記録←事故報告書より
APU及びAPU操作系統の不具合(7件)
APU低圧フィルタ・ハウジングからの燃料漏れ(Oリング交換)、
APU始動時ターミナル部から煙発生(APUスタータ交換)、
APU排気インナ・ライナに亀裂(インナ・ライナ交換)、
APU排気ガス温度が高く空気圧が低い(エア・フロー・センサー、ロード・コントロール・バルブ及びブリード・バルブ交換)
APUタービン・ケースに亀裂(修理)
APU排気ライナー損傷(ライナ交換)、APUファイア・センシング・エレメントがサポート・クランプで摩滅(エレメント交換・修理)

実際APU部が吹っ飛んだと思えるのは、機長のなんか爆発したぞの発言です。”爆発したみたいだぞ”じゃなく断定しています

落合さんも証言で
、”パ-ン」という、かなり大きい音がしました。テレビ・ドラマなどでピストルを撃ったときに響くような音です。高めの「パーン」です。”と
破裂音です。高圧のパイプが破談した時や高圧タンクが破裂した時の音に近いですね!
垂直尾翼自己崩壊説では、落合さんの聞いた大きなドラマのピストル音を説明出来ないのです。
事実、APU部を隔てる防火壁には破壊の後が歴然と残っていたのが、事故報告書にも書かれているのです。

尾翼部の図を見てください!この防火壁を破壊した圧力は強固な後部隔壁に跳ね返されて丁度崩壊した垂直尾翼部に向かいます。
この衝撃で生じた一瞬の”後部隔壁の歪み”が、修理で上下に分割された隔壁の接合部の隙間を瞬間拡大して発生したのが落合さんの見た”白い煙”の正体だと思います。

爆発したAPUの一部が垂直尾翼部に穴を開け外皮をめくれば高速の気流で一気に崩壊に向かいますし、破裂して跳ね返った圧力だけでも、ダメージを受けていた垂直尾翼を壊すには十分だったと考えられます。
APU部の爆発前に変動が起きれば油圧がばらつき、方向舵や昇降舵、フラップも微動し始め、コクピットの緊張状態も生まれます。
APU部が壊れたのは明白!
生存者の落合由美さんも証言でこういっています!
すごく臭かった。機械の匂いです。油っぽいというより、機械室に入ったときに感じるような機械の匂いです。”
この臭いとは、APUエンジンの破裂で飛び散った油圧用油の臭いでしょう。
圧力隔壁が破壊して、APUを吹き飛ばしたなら、こんな臭いは残っていない!

どうして事故調査委員会は、簡単なこのAPU犯人説を検討しなかったのでしょう?
それはやろうにも出来ないからです。747の根幹に関わる重大な問題を提起してしまうからです。

APU本体は、今も吸入口が見つかった相模湾の海底に眠っています。

2)迷走の原因は、補助モーターの過負荷運転!

APU部脱落すれば、垂直尾翼のみならず水平尾翼も損傷を受け、当然昇降舵も十分には効かなくなった筈です!

予備の電動モーターも、迷走する時点まで、ある程度正常に動いていたのでしょう。事故調査報告書にも書かれています。圧力隔壁犯人説以外は意外と核心を突いていますよ!

強力な高揚力装置←巨大なフラップ!補助モーターは30分持たなかった!
フラップの動きが極端に遅くなったのは、突然の迷走後は、2人ががりで操縦桿を動かさなければならないほど急に重くなった事でもお分かり戴けるでしょう。
電動モーターは、過負荷運転が続くと、加熱し、最後にはコイルが焼ききれて停止するかコイルが短絡してしまいます。短絡の度合いで停止せずに極端に回転が遅くなる事もあります。


第二章 事故調査委員会の自己嫌悪

事故調査委員会は最初から原因がAPU関係だと判っていた可能性が高いと思います。
なぜこれほど明白なのにAPUを原因と認めないのでしょう?それはAPUが見つからなかった事が大きな影を落としています。
あなたは、証拠品がある報告書と証拠品が見つからないが断定した報告書どちらを信じます?

証拠品以外に基本設計まで遡る重大問題が!それは
旅客機は、たとえAPUが故障しても、旋回や上昇下降に距離と時間が掛っても安全に飛行出来なければならないからです。
747の最大セールスポイント”完全整備しなくとも、少々の故障なんて大丈夫”と言っていた事が覆ったのですから一大事件だったんですよ!


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ですから事故調査委員会の隠匿させられた事とは
大阪で起きた尻もち事故で隔壁だけでなくAPUもパイプ等も含め金属疲労を起こすダメージを受け、APU本体や圧搾パイプが破損した事などでは無く
747型機の根幹に関わる
ボーイング747型機は、APUが故障した場合、30分以内に操縦不能になる!”事だったんじゃないでしょうか
(実際操縦不能に陥った)
(注)方向舵部分の破断で油圧が急速に低下し、APU故障と同じ状態になった!
太平洋や大西洋のど真ん中でAPUが壊れたら助かる術が無い!という事です

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ボーイング747型機が、開発時に長時間APUが故障した場合のテスト飛行を完全に行っていなかった可能性は十分にあります!

万が一、APUが故障した場合、操縦不能になる事が事故の原因だと事故調査委員会が発表したら、ボーイグ社の打撃は想像を絶します!
747型機の信頼性は、無きに等しくなるのですから!

事が大き過ぎて事故調査委員会の手に余る事故だったのです。事故調査委員会のメンバーの方々には同情を禁じえません!
結果と原因を逆にしたのです!何が何でも747型機ではAPU損傷が原因とは出来ませんから。

ですから、ボーイング社が早急に事故原因を隔壁の修理ミスを認めてJAL123便を修理ミスと言う特殊扱いで早期決着を図らざるを得なかったのでしょう。

中曽根さんや事故調査委員会が相模湾に沈んだ垂直尾翼の回収に積極的でない理由も当然なのです。万が一爆発したAPUが見つかったら747型機の神話が崩れるのですから!
この時点ではまだインド航空の墜落原因も判明していないのですからボーイング社の危機感はパニック寸前だったでしょう
事故調査資料は破棄せざるを得ません!APU関連は最初に検証するする重要部分なので、全く無視していたら捜査やり直し確実ですからね。

国家的隠蔽工作は事実でしょう。APUの件を誰も書かない!


第三章 自衛隊の墜落関与は小説の中だけ・・・但し空白の10時間の謎が・・


JAL123便に偶然、放射性物質が搭載されていた事も謎を大きく出来ました!
自衛隊も疑惑を生んでしまう不手際で、結果的に真相隠匿に多大の貢献をしてくれました

(私も最初は自衛隊が絡んでいると信じそうになりました!ネット上で物凄い盛り上がりに驚いたり、おもしろい発想に感心したり、実に楽しませてもらいました)
しかし、現実は全日空と国とは雫石衝突事故賠償で抗争中であり、又雫石事故後マスコミが航空自衛隊批判を行った事などから、救難信号を発した民間旅客機のサポートを独断で積極的に行うには程遠い状況でした。
スクランブルして、JAL123便を警護誘導して、万が一墜落したら
雫石どころの騒ぎでは収まらない!と現場は考えたでしょうから。
JAL123便は、全く不運な飛行機でした。


国は、謎が謎を生ませて、憶測を独り歩きさせて勝手に解明不能にしておけばいいのですから。

山崎豊子さんや幾多の真相追及小説で語られているように国家的真相隠匿プロジェクトには間違いはないのですが、自衛隊撃墜説なんて、国もボーイング社も大喜びしていると思いますよ!
ただし、一つだけ!空白の10時間で自衛隊特殊部隊が暗視カメラで放射性物質とAPU部の損傷残骸や痕跡を探していた可能性は大いにあります。

日本人の詮索好きをうまく利用した作戦には、さすがアメリカの企業だと感心してます。

第四章 747型機の欠点
http://homepage2.nifty.com/pmdg/standard/index.html ←飛行機のお好きな方は是非!今の747の操縦マニュアル!

ジャンボ旅客機愛称で世界を席巻した747型機は元々軍用大型輸送機として開発され、ロッキード社CX-HLSに敗れたノウズカーゴドア(機首が開く)の飛行機でしす。747の貨物機が本来の747なのです。(今も貨物機として人気が高いのは
民間用ではノウズカーゴドアが747しか無い事も大きな要因です。)
操縦席が高くファーストクラスとして使われた2階は乗員輸送用でした。一階部分の客室は最初は貨物室であり、将来音速旅客機登場後は貨物機に転用できるよう設計されていました。
民間旅客機としてはセールスポイントの1つに短い滑走路での発着(といっても最低2,500m以上ですが)をう謳ったのですが、燃費等を含め当初の性能を発揮出来なかった為、大幅な軽量を行いました。
これも、事故の遠因となっています。
また、もう一つの売りが
フェイルセール(fail safe)でした。少々の故障では墜落せず近くの飛行場まで安全に着陸で出来るので、整備の手間を大幅に削減でき維持経費が安く出来るということでした。
しかし、この事故のように見落としが有った場合、非常に危険なシステムでもありましたし、正にこのシステムを根幹から揺るがす事故だったのです。
この事故を契機にボーイング社は本腰を入れてさらなるフェイルセール(fail safe)に取り組んだ筈です。
油圧系統の破損部分は流速制御に改善すれば簡単にブロック出来ます。
APUも離して2機積めば、操縦不能は無くなります。
電動補助モーターも、一回り大きな高性能モーターに換えれば、APU無しでも劇的にコントロール性は向上します。


崩落した垂直尾翼も含め、事故から5年後の1988年に生まれ変わった新型747-400型から強化されています。
日本航空の747-400←新しくなった400型!以前の747はクラシックジャンボと呼ばれることに!
新しくなった400型以降の747型機は、2000年の台北でのシンガポール航空滑走路誤進入事故も含め機体トラブルや欠陥での墜落事故は一件も起きていません!
JAL123便を契機に747型機が従来とは比較にならないくらい安全な乗り物になった事が唯一の救いです。
燃費から777型機に旅客機として主役の座は降りましたが、本来の貨物機としてまだまだ活躍を続けるでしょう。

第五章 結び 

 

747が提唱する安全神話を継続する為にAPUが原因だとする隠蔽工作が行われた!との結論に達しました!

その意味では、自衛隊撃墜説最適の隠蔽プロバガンダと言えます。なにせ747の墜落事故を不可抗力だったって事に出来ますからね!


ネット上で検索しても、今のところAPUが墜落の原因と決めつけるページは無いようですが、安全神話の崩壊に繋がる根幹に関する、かつ最重要問題だったのです!

JAL123便の悲劇の源は、747の開発時テスト飛行の手抜きです。十分なテストが行われていれば、多分1台のAPUが損傷しても迷走もせず無事に横田や羽田に着陸し、ボーイングの名声も一段と上がったのにと思うと、悲しくなりますね!

 

アメリカ最大の外貨を稼ぐジャンボ旅客機の安全神話を守るため、属国日本がケネデイ暗殺事件並みの国家的隠匿を行わざるを得なかった事は仕方の無いことです

 

しかし、防護服を着て放射能汚染を恐れず即座に救出に向かえる体制が取れていたなら、もし、放射能う物質を載せていなかったなら、もっと多くの人達が助かっていたでしょう!

慎重過ぎてアメリカ軍の救出に待ったをかけた防衛庁長官だった加藤絋一氏の責任も大きいと言えますね。

最終責任はロン・ヤスとアメリカ一辺倒だった断らない中曽根首相ですが!

情報をこうして整理してみると、最後の瞬間まで乗客の命を救おうとコクピットで格闘した高濱雅巳機長、佐々木祐副操縦士、福田博機関士3名のクルー!自分の不安を抑え最後まで落ち着いて乗客に接した12人の客室乗務員の方々!には、改めて敬意を表します!

          

                                 御巣鷹の尾根に眠る520名の方々の御霊のご冥福を祈ります。

      このブログは8月12日まで加筆、修正しながら御巣鷹の尾根への鎮魂歌として捧げます。

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