素晴らしきかな日本人 by 小早川俊一

御覧戴いてありがとうございます。今年3月著名人・CM以外のブロガーを締め出した”イザ・ブログ”からあちこちテスト投稿後、過去のイザ・ブログ原稿と一緒にライブドア・ブログに移行しました。名も無きブロガーの悲哀ですね(笑)2013年は20年毎に行われる、お伊勢さまの第62回式年遷宮!これからの20年は弱者優先だった”米の座”から"働かない者食うべからず"の”金の座”に”ご遷移”されましたので[才覚次第で大金持ちになれる]チャンスに溢れる激動の弱肉強食の時代となる筈です! 人類史上[誰でも何でも平等]なんて国家が繁栄した事はなく、官庁.学校.企業も解雇も出来ず努力もしない低レベルの輩が大手を振ってのさばってる日本に明るい未来はあるのでしょうか?もっと競争原理を容認し”ジャパン・ドリーム”が実現する社会にしてほしいものです!

JFK暗殺事件50周年によせて

プロローグ:2013年11月22日はジョン・F・ケネディ暗殺50周年!真犯人は?

1963年11月22日第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネデイテキサス州ダラスで暗殺されてから今年11月22日で50年が経とうとしています!

 

犯人は誰か?まさかリー・ハーヴェイ・オズワルド だなんて誰も信じちゃいませんよね!

 

オズワルドの射撃の腕前は2流!海兵隊時に、軍務としてロシア語を学んでいるCIAの一員になっていた可能性も有り、ソ連亡命もその一環かも?

アメリカ海兵隊は、アメリカの国益を最優先する緊急展開部隊として志願した全員が入隊出来ない選別された精鋭部隊! 

また陸・海・空に属さない大統領直属の独立組織で行動に議会の承認も要りません!(組織上は海軍省下)

愛国心に富む除隊後の海兵隊員は工作員として最適な人物なのに異論は無いでしょう!

 

私は99.9999999%”アレン・ウェルシュ・ダレスがCIAに影響力を行使して画策し“亡命キューバ人の生き残り”を隠れ蓑にした謂わば南部の”クーデター”だったと思っています!

 

なにせ当時のCIAは彼が造り上げたと言って過言ではない組織だったのですから! 

彼がケネデイにCIA長官を解任されたのは奇しくも暗殺二年前の同じ月1961年11月(29日)

解任理由は1961年4月15日から行われた”キューバ亡命人を主体とするピッグス湾(キューバ侵攻)作戦の失敗だったと言われています。

 

彼が委員だったウォーレン委員会による絶対に有り得ない”魔法の銃弾なぜアメリカのマスコミは糾弾しなかったのでしょう?

9.11同時多発テロの謎は完全に無視してますし、イラクの大量破壊兵器報道でイラク侵攻を国民に納得させたり・・・・なんか似た臭いを感じませんか?

プロバガンダの基本はマスコミ操作なんですから・・・・マスコミに影響力が有るのは誰か!広告主なんですよ!

 

彼の兄は解任2年前まで52代国務長官だったジョン・フォスター・ダレス!

彼自身32代国務長官ジョン·W·フォスターの孫としてプライドが高かったのは想像出来ますよね!

そんな彼が手塩に掛けて育て上げたCIAの長官を解任されたら頭に来ますぜ!

 

もう一人、ケネデイを疎ましく思っていた人物がいました!

FBI創立以来、FBI長官だったジョン・エドガー・フーヴァーです

1924年5月~1972年亡くなるまで48年間帝王として君臨!

死去後FBI長官の任期は10年とされました!それだけ絶大な権力を持っていたって事です!

 

FBIは司法省に属します(ケネデイ暗殺の要なので頭に叩き込んで下さいね!)

彼が政治家のスキャンダル情報を握って”FBIを聖域化”していたのは周知の事実となった現在の視点では、当時の弟ロバート・ケネデイを司法長官にし、ダレスを罷免した事で、FBIでの地位を脅かしつつあったケネデイ政権に強い危機感を抱いていた筈です!

ですから、ケネデイ暗殺事件の真相究明なんてFBIが公表する筈も無かったのです!もし公表していらら・・・・・アメリカ最大のスキャンダルになっていたでしょうけど・・・・・・

 組織的犯行が明白なのに、証人を保護もせず逆に貴重な証人の多くが不可解な死に方をしていても何も対処しなかった! 

フーバー死去後、FBIは当然正常になってるでしょうけど!(苦笑)

 

ケネデイの後釜には副大統領のテキサス州出身のリンドン・ジョンソンが昇格! 

 

テキサス州と言えば石油と軍需産業!石油と軍需産業と言えばロックフェラー”

ジョンソン政権に成ってケネデイのベトナム撤退から一転!巨額の軍需費を注ぎ込んだベトナム戦争へと突き進む事になります!

9.11同時多発テロ同様、ネタバレバレの明らか過ぎる暗殺劇ですが、余りにも明け透けなので・・・・・・・これじゃ逆に追求しにくいって事なんだよね!(大苦笑)

 

言える事は、情報を操れる組織のトップが抱いた個人的怨念と軍需産業の低迷を阻止するグループの共通意識が”ジョン・F・ケネデイは邪魔者”だったって事です。

 

暗殺当時ペンタゴン(国防総省)を仕切っていたのはロバート・マクナマラでした。

フォード・モーター社社長就任からわずか5週間で国務長官に就任するという劇的人事!

 

ピッグス湾(キューバ侵攻)作戦でアメリカ軍の支援投入に反対したのは彼なんじゃないでしょうか?・・・・これが撤退出来ず泥沼化したベトナム戦争へのトラウマになっていたのかも!

ダレスの矛先が彼に向かわなかったのは軍需費の効率化手腕が卓越していたからなのか? それとも・・・・・

国防長官を1968年に辞めら後は世界銀行総裁!(1981年まで)

 

オズワルドの単独犯なんて結論を出したウォーレン委員会の構成は 

委員長アール・ウォーレン

ジョン・シャーマン・クーパー上院議員

ジェラルド・R・フォード下院議員、後の第38代アメリカ大統領

ヘール・ボッグズ下院議員、1972年アラスカで消息不明に・・・

 

ジョン・ジェイ・マックロイ 弁護士・元世界銀行総裁・・マクナマラも世界銀行総裁じゃなかった?

 

それに元CIA長官アレン・ウェルシュ・ダレス!なんで罷免された彼が選ばれる訳?

自分に都合の悪い事CIA関連は全部カット ! で、”魔法の銃弾”が生まれたって訳です!

 

それではケネデイ暗殺事件の真相に迫ってみましょう・・・・・パートⅠへ

パートⅠJ・F・Kとマリリン・モンロー 2013年11月22日はジョン・F・ケネディ暗殺50周年!

第一章 ジョン・F・ケネデイとマリリン・モンロー

 

1962年8月5日、一人の女優が全裸でこの世を去った!不審な最後でした!

日記もFBIが押収した通話記録も失われ・・・・・自殺とされた人物こそ 

 

 

今なおセックス・シンボルとして世の男性を魅了し続けているマリリン・モンロー(本名、ノーマ・ジーン・ベイカーNorma Jeane Baker)でした!

 

亡くなる3か月前の1962年5月19日のJ・F・Kの45歳誕生パーティで唄った余りにも妖艶しいハッピーバースディが最後の別れを告げる歌だったのか?

これを最後にマリリンモンローが公式の場に出る事はなかった!

Happy Birthday の後に唄われた 

Thanks, Mr. President

For all the things you've done

The battles that you've won

The way you deal with US.Steel

And our problems by the ton

We thank you so much

は、今にして思えば意味深な歌なんですね!

US.Steel(J・P・モルガン財閥)とあるのは、ストライキが頻発していた鉄鋼業界の賃上げ闘争や値上げを終息させた事を指しています。賃上げ闘争による度重なる値上げでインフレが起きようとしていた!大統領斡旋で1962年3月の賃上げは生産性の伸び以下に収まったが、1962年4月10日アメリカ鉄鋼生産最大シェアのUS.steel会長ロジャー・ブラウは“株主の為だ”値上げを強行しようとした!他の鉄鋼会社も値上げに同調したが、ケネデイは激昂し、値上げ阻止の大演説を打ち政府調達は値上げ前の金額にする等矢継ぎ早に対策を講じたので、値上げしない鉄鋼会社も出て、最終的にUS・Steelも値上げを撤回した!=US・Steel(J・P・モルガン)も敵になった

 

この時のドレスは薄地にライト・ストーンで仕上げたヌーディドレス!しかも彼女は下着を全く付けてない!(ウォ!)

 

  誕生パーティ後の打ち上げでのスナップ!↑ J・F・Kも目のやり場に困ってた?

だけど、マリリンは笑顔じゃありませんね!まるで下を向いたJ・F・Kを責めてるような!

同時に撮られた他の写真では、にこやかに微笑んでいるのに!

 

ちなみのこの誕生パーティにマリリンが出るのを知ったジャクリーン夫人は欠席!

マリリン・モンローが亡くなって一年半後、ジョン・F・ケネデイも、テキサス州ダラスで凶弾に倒れる事になるのですが・・・・

 

マリリン・モンローは1961年3度目の相手アーサー・ミラーと離婚して独身!

マフィアと関係の深いフランク・シナトラの紹介でJ・F・Kと知り合ったとされています!

 

マリリン・モンローは朝鮮動乱時に、韓国にジョー・デマジォと兵士慰問に出かけており彼女の突然に死に多大な影響を受けた元兵士もいたでしょうね!

 

このマリリン・モンローの怪死が、ケネデイ暗殺の引き金の一因になったと考えて良いのではないでしょうか?

 

今ではマリリン・モンローは自殺する要因は無かったと言われています・ケネデイとの問題以外に・・・・・

当時弟の弱冠37歳ロバート・ケネデイは 、司法長官(就任時は35歳)としてマフィアと対立を深めていました!

就任早々、1961年4月4日にはマフィアNO1のカルロス・マルセルを国外追放に!

まるでケネデイ家の暗部を抹殺するが如く!

アイゼンハワー来日に日本のヤクザを総動員して治安を守ろうとした日本も同じ様に今は暴力団として敵対関係になってますが・・・・当時のアメリカもマフィアとFBIやCIAは微妙な関係だったのでしょう!

 

しかし、政治家としては素人である35歳の若造が68歳のフーバー長官を従え様とするなんていかに制度上は可能とは言え、帝国と化したFBIを配下にする事が、FBIを私物化していた彼の激怒を呼ぶか考え付かなっかんだろうか?

 

マフィアとの関係が深いフランク・シナトラマリリン・モンローとの関係を断つように兄・ジョンを説得した事でJ・F・Kとマリリンの破局が訪れたと言われていますが・・・・勿論・入れ知恵したのは、政界スキャンダルを握っていたFBIのフーバー長官でした!

 

1961年11月(前月)にCIA長官アレンダレスが解任されたので危機感を抱いたフーバーは、1961年12月12日・14日と2回もロバートと面会してます!

どんな内容だったかは1961年12月19日父親のJ・P・ケネデイがロバートからの電話を受けて脳卒中で倒れた事で想像出来ますよね!

フーバーが盗聴した”父親が今もマフィアコネクションを使っていた証拠”を上げて責め立てたのに違いありません!

父親を生きる屍(しかばね)にした事でJFKとロバートの間に隙間風が吹き出したのかも

 

この誕生パーティの2か月前、1962年3月22日にJ・F・Kとフーバー長官との二人だけの4時間に亘る昼食会が行われた!

多分、ケネデイ家のスキャンダル情報を廃棄する事等を条件に、FBI長官の椅子を確約させたんでしょうね!

これ以降、J・F・ケネデイの女漁りは影を潜めたと言われています。

マリリンの死後、ジャクリーン夫人との関係も修復されたのでしょうか

62年暮れに、ジャクリーン夫人が4人目パトリック(早産で死去)を3年ぶりに懐妊!

 

上のバースディパーティ後のスナップ写真が急に距離を置き始めたJFKを責めてる様に取れるのも、この会談の結果なのかも・・・・!

 

FBIからのリークは無くなりましたが冷たくなったJ・F・ケネディに当てつける様に煽情的な衣装や歌は世間の話題に成り、追いつめられたマフィアがJ・F・Kとマリリンの関係を取引材料として”マスコミにリークする”と言って来るのは時間の問題でした!

 

誰もが認める有名なセックス・シンボルとの不倫は、J・F・Kに対する評価を一変させますからね!名も知れない女性との不倫とは比較に成りません!

 

この不審死は、誰かがJ・F・Kに恩を売ったんでしょうね!

 現役の大統領を暗殺する位の組織が一女優を死に至らしめるなんて簡単ですから・・・・・・様々な自殺要因が報道されましたが全部偽情報だった!

 

しかし、後顧の憂いが無くなったと勘違いした?ロバート司法長官は父親やJ・F・Kが親しかったマフィアとの関係隠蔽の為、対決姿勢をより鮮明にします!

全米トラック組合(IBT)のドン・ジミーホッファを最初の標的にして・・・・しかし逆に暗い過去を蘇らせる事になって暗殺の標的に・・・・

 

JFK暗殺直前には、マフィアの財源を断つ為、ラスベガスのカジノに一斉査察する計画を立てていた!(暗殺で中止)

万が一、手入れでFBIやCIAとの関係証拠が見つかったら・・・・ロバートが再度フーバー長官の辞任を迫ったり、CIAの弱体化に走るのは確実ですからね(実際にJ・F・KはマクナマラにCIAに代わる情報機関設立を考案させていました!)

ロバート・ケネデイを司法長官に任命しなかったら、J・F・K暗殺事件は起きなかったかも知れませんね!

なぜか敵を新たに創るだけだったんだから!もっと上手く立ち回っていたら、FBIも、もっと真剣に犯人捜しをしていたでしょう!

そして、マリリン・モンローが不審死を遂げる事も無かった・・・・・・

 

ケネデイ暗殺事件後、ロバートは司法法長官として留任しながら目撃者の保護もせず独自の調査もしなかった! 彼が動かなかった訳は?

 

しかし、J・F・Kには弟のロバートを司法長官にせざるを得なかった理由が有りました!

禁酒法時代に財を増やした父親(ジョセフ・P・ケネデイ)とマフィアとの深~い汚れた関係を表に出させない為に!

隠蔽するには敵対する事ですから、最初はわざとマフィアと対決するポーズを取ったんでしょうね!

ケネデイ政権発足当時は、マフィアとコンタクトが有ったのですから・・・・

辞任させようとしたフーバー長官に指摘されるまでは!

しかし、政府の組織は一旦命令して動き出したら止めようが有りません!

トップ同士は了解していても、それを知らないマフィア組織の末端は”恩を仇で返す裏切り者”と怒り心頭ですよ!

 

マフィアもFBIもCIAも、全てを牛耳ろうとするケネデイ一族への反発が強まって行きます!

前アイゼンハワー大統領時代にCIAが画策したキューバ侵攻(1961年4月15日)を許可するも正規軍の投入を拒否!亡命キューバ人の恨みを買っていた

(キューバ革命は1959年1月1日!キューバ・バハナ等各地ののホテル・カジノの所有者はアメリカのマフィアだった!国有化され多大の損害を受けたアメリカのマフィアも政権奪回を目指す亡命キューバ人を支援していた!

舞台も役者も揃いました!”J・F・K暗殺の悲劇”が幕を上げます

この誕生日パーティの1年前、1961年4月12日ガガーリン少佐が人類初の有人宇宙飛行に成功し、同年5月25日に夢物語と言われたアポロ計画を発表しています!

”ケネデイ暗殺はUFOの真相を国民に公表しようとしたからだ!”なんて話も有りますが真実の目くらましによく使われるプロバガンダの類でしょう・・・・・続く

番外編!ケネデイ暗殺から50年!真犯人は誰だ!

1963年11月22日のケネデイ暗殺から50年!テレビで特集番組が放映されてましたが、いやー観てびっくりしましたね!
なんとオズワルド単独犯を立証しようとした番組もありました!車に残されていたとされる銃弾は潰れてなかったってのに!

オズワルドは3発撃ったとされたのは教科書倉庫に3個の薬莢が残っていたからで、6発~7発の銃声が有ったとの証言もありましたが・・・全て亡き者とされちゃいました!

オズワルドもオズワルドを撃ったルビーも亡くなり、教科書倉庫以外から銃声があったと言った証言者も全員謎の死を遂げた”まれにみる冷酷な集団による暗殺事件”なのにね~

パレードのコースをわざわざスピードを落とす場所に設定しただけでも組織的な犯行なのは明白!

9.11同時多発テロだって私は”ケネデイ暗殺”同様アメリカ合衆国に巣食う誰かさんの陰謀だと今でも思ってます!
ツインタワーが2棟とも完全に崩壊するなんて奇跡です!
ケネデイ暗殺も射撃の下手だったオズワルドが単独で行えるなんて奇跡ですからね!

ザプルーダー氏が撮った通称”ザプルーダー・フィルム”がデジタル処理され肝心な場面の2コマが失われている事が判っています!
現像時にカットされたのならコダック社も一枚咬んでることになりますが・・・・

先のブログでワシントンDCがフリーメイソンが計画した都市であると立証したつもりですが、まだ完成には程遠く完成はいつになるやら・・・

おりしもJ・F・ケネデイの唯一の生き残った長女のキャロラインが駐日大使として日本に赴任しました!
彼女の為にも古畑任三朗の様に状況証拠を積み重ねて、ケネデイ暗殺の真相に迫ってみましょう!
誰がパレードのコースを決めたのか?
事前にパレードのコース下見をシークレットサービスは行ったのか?
不和だったFBI長官のフーバーは捜査を真剣に行ったのか?
弟のロバートは司法長官なのに何故沈黙したのか?CIAは暗殺情報を入手できなかったのか?
リンドン副大統領が銃声前に身を伏せたのは予知能力なのか?
一発目の銃声後に何故大統領の乗った車はスピードを上げなかったのか?

暗殺前の状況は前のブログに載せてあります!

パートⅡ ケネディ暗殺最大の功労者!大統領専用車の不可解な減速! 2013年11月22日はジョン・F・ケネディ暗殺50周年!

          第二章  暗殺時の不可解な運転!

大統領専用車が、大統領が撃たれた第一撃ですぐにスピードを上げられなかった理由とは?


パレードのスピードはDealeyPlazaAerial直前のクランクカーブを曲がる為に落とされていました!まさに狙撃しろとばかりに!
本来なら、何か起きたら猛スピードで回避行動を取ろうと身構えている筈なのに・・・・・

事件発生時、一発目どころか、致命的な二発目まで大統領が撃たれていたのにスピードは上がっていません!
運転手はその間どうしてたんでしょう?
なんと、運転手がケネディ大統領の頭が吹き飛ばされるまで後ろを向いていたのです!まるで確実に暗殺されるのを確認するが如くに!

全くマニュアルと逆の行動を取るなんて、
これケネディ暗殺の最大の疑惑です!

オープンカーですから、一瞬の遅れが大惨事を招く事は十分に判っていた筈なのに・・・・・実に悠長な動作!

バックの流れをよく見てください!大統領車のスピードが上がるのは340コマから!その前は大統領が220コマめで撃たれて喉を押さえて打たれているにも関わらずスピードを上げていません!
それどころか、ブレーキを踏んで極端に遅い速度に落としているのです。
運転手の名前はウイリアム・ロバート・グリアー(1909年生まれ54歳)!生え抜きのシークレット・サービスですが、定年間近で陰謀の勧誘に負けたのでしょうか?
313コマ目で頭が吹き飛ばされたの確認してから、320コマで前を向いてアクセルを踏み込んでいるのが一目瞭然です!
この不可解な動きは、標的となった大統領をより確実に射撃させる為以外の何ものでも有りません!
グリアー運転手が狙撃したかどうか別にして、この運転手の不可解な動作がケネデイ暗殺を確実なものにしたのは紛れも無い事実なのです!
暗殺者とグルだったと言われても仕方ない行動!今回の韓国フェリー事故で上客を見捨てた船長の如く、大統領を見捨てたのも同じ行動ですよね!しかし起訴される事は有りませんでした!
なにせ最大の功労者だったんだから!(大苦笑)
拡大版でコマ数を確認してみましょう!

左斜め前と言うより正面から撃たれた様ににも見えます!
ケネデイ暗殺330px-Newman_Family致命傷の銃弾は前方の壁の後ろから撃ったとも・・・・

彼を抱きこみパレード・コースを選んだ人物・組織が真犯人なのです!

ケネディ大統領に”アレン・ダレスがCIA長官を解任されたと載せましたが、副長官も解任されました!
”ダラス出身”のチャールズ・P・カベルと言う人物ですが、実弟のアール・カベルはケネディ暗殺時のダラス市長なのです!
このアール・カベルこそ、コース変更を行った張本人なのです!
ここまで書けば実行犯は別にして、画策した真犯人は誰だか判りますよね

暗殺のシナリオを書いたのは誰か・・・・
状況証拠から、元CIA長官アレン・ダレス6613362e.jpgと元CIA副長官チャールズ・P・カベルチャールズかベル330px-Charles_p_cabellだと言って間違いないと思いますね!
無論ケネデイと敵対したフーバー長官が仕切るFBIも、計画を察知していたとしても動かなかった!
しかも、ケネディ大統領暗殺後、大統領に昇格し一期で勇退した36代大統領リンドン・ジョンソンリンドンジョンソン150px-37_Lyndon_Johnson_3x4
の後、37代大統領になった
リチャード・ニクソンリチャードニクソン150px-36_Richard_Nixon_3x4
が暗殺2日前の20日から前日の21日にダラスを訪れていたのです
明らさま過ぎません?陰謀に加担していたら行く訳無いと思わせる常套手段!(苦笑)
ケネデイ暗殺で負傷したコナリーテキサス州知事は、ニクソン政権で財務長官になっています。
そもそもベトナム戦争で軍需費を拡大し過ぎて、ベトナム撤退を公約にして当選なんて出来すぎ・やり過ぎ!(大苦笑)
ウォーレン委員会のメンバーだった
ジェラルド・R・フォードフォード大統領Gerald_Ford,_official_Presidential_photoも2期目のニクソン政権で副大統領に就任!
暴走するニクソンを大統領の座から引き摺り下ろしたのは・・・・・

当時院内総務だった男が、運良く副大統領になり、運良くニクソン大統領のスキャンダル・ウォーターゲート事件(ケネディ暗殺事件に繋がるピックス湾事件の元CIA関係者多数・当時のCIA長官は長年ダレスの腹心だったリチャード・ヘルムズリチャードヘルムズ300px-Richard_M_Helms1973年2月上院公聴会前に口封じの為?イラン大使に追いやられたでの失脚で38代大統領に登りつめる過程は、 オバマ大統領も観ている”HOUSE OF CARDS"のヒントなのかもね!
この事件でワシントンポストの記者を示唆した「ディープ・スロート」がFBI副長官のウイリアムマークフェルトだったってオチもあるのですが・・・・

フォード政権末期にCIA長官を務めた人物が、ケネディ王朝崩壊後ブッシュ王朝と呼ばれる隠然たる勢力を作り上げたジョージ・H・W・ブッシュブッシュ大150px-43_George_H_W__Bush_3x4
です。初のCIA長官経験者大統領です。ケネディ暗殺に関わったCIAの全容を知ってるんでしょうね!

43代大統領になった息子ジョージ・W・ブッシュブッシュ小150px-George-W-Bush政権時に起きた”9.11同時多発テロ”!テロ前夜の状況は”軍備縮小、CIAの弱体化”に向かっていたケネデイ暗殺時と同じでした!
都合よくテロが起きて、軍需産業を生き返らせ、弱体化されたCIAを復権させたんですから・・・・”9.11同時多発テロ”事件の実行組織もケネデイ暗殺を企んだ組織から脈々と繋がっているのかも・・・・・・

ケネディ暗殺を企て実行すべく創られた闇の組織は、ロバート・ケネディを黙らせるほど巨大だったって事です!
ジャクリーン未亡人がアメリカを逃げ出しのも無理も無い訳で・・・・・今も虎視眈々と自分達の為の政権を作ろうと動いている筈です。
オバマ大統領時代は充電時代と言うべきか、リーマンショックでのボロ儲けのほとぼり冷まし期間と言うべきなのか・・・・
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