私のワイフワーク【Lost child Live in Japan since BC・660】は失われた10族が日本に戻って来た事を証明する事です。上記HPは12年間も更新してませんが、改めてこのブログで失われたアークと10氏族(Lost child )について連載を始める事にしました。(汗)
この12年間で情報収集のスピードは飛躍的に進歩しました!今や全世界の情報を瞬時に手に入れる事も可能な時代となり、
その反面膨大な情報から本当の事を見出すのも難しくなってしまいました!
プロバガンダ情報も星の数ほど流されていますし・・・
出来るだけ誰にでも納得出来る様な常識的判断で情報を整理して進めて行きたいと思っています。

日本の古代文明は思ってるより進んでいた事は、出雲大社で発見された3本を纏めた支柱を見ても明らかでしょう!
出雲大社
最初はこの倍の高さだったてんだから、日本は古代屈指のの高層建築技術を持っていた超先進国だったって事です!
残念ながら度重なる地震や天災で巨木の入手も難しくなり次第に巨大建築技術は失われていったと考えられますが・・・・・・学者先生方は否定する人が多いみたい!(大苦笑)
【モーゼ】も【キリスト】も空白期間に日本に来ていたなんて【とんでも話】ありますが、意外と実話だったりしてね!(笑)
なにせ、日本とユダヤ・ヘブライの共通点は、三種の神器に始まり、カタカナとヘブライ文字の共通点も多いし・・・全能の神・YHWHはヤッホー、ワッショイに似てますよね!
またヘブライの神YHWHは始まりであり終わりであるとご自分でおっしゃった神様です!
神社の狛犬は、片方が阿(ア)片方が吽(ン)で、50音の始めと終わりを表し、これから先は神域だと語っているのですから、同じ神だと言えなくもないですね!
しかし、日本の神々は一人でなく、八百万(やおよろず)の神々の集合体です!
1対無限大ですから、全く正反対と思えますが・・・・無限大=宇宙ですから全能の神と同じと言えば同じなんですね!
共通点の極め付けは、【お神輿】!天皇の治世が始まってからなんて説もありますが・・原型は【モーゼ】が造らせた聖櫃(アーク)!ダーミーみたいな意味合いもありますし・・・・
剣山神輿渡御祭1
ソロモンの財宝が秘匿されているとされる剣山山頂への奇祭・山頂神輿渡御祭

モーゼ】は日本とユダヤの橋渡し役にもなってるんですね!

イスラム教
5大預言者!(ノア・アブラハム・モーゼ・イエス・ムハマド)の一人【モーゼ(ムーセー)!ユダヤ教徒もキリスト教徒も一目置く【スーパースターです!
【モーゼ!はシナイ山YHWHから【十戒】の石板を賜ったと言われています!
十戒
Ⅰ・
YHWH以外を神とするなかれ!
Ⅱ・己の為に神の像を造ることなかれ!
Ⅲ・神YHWHの名をみだりに唱えるなかれ!

Ⅳ・安息日を聖とせよ!
Ⅴ・父母を敬え!
Ⅵ・殺すなかれ!
Ⅶ・盗むなかれ!
Ⅷ・隣人に偽証するなかれ!
Ⅸ・姦淫するなかれ!!
Ⅹ・隣人の家のものを欲するなかれ!
この十戒が刻まれた石板を入れたのが、日本の神輿そっくりの失われた聖櫃(アーク)なのですが、・・・
聖櫃
イスラム教はアブラハムの子孫が開いたユダヤ教・キリスト教と同じく偶像崇拝を認めない宗教です!
なぜなら、開祖ムハマド(マホメッド)が啓示を受けたのもYHWHからだとされているのです!
つまりキリスト教もユダヤ教もイスラム教も、神はYHWHで同じなのです!
YHWHは発音出来ません!イスラム教のアッラー”は、アラビア語の”唯一の神”、英語で言えばOnlyGod!
oh my godはちゃいますので・・・・・ユダヤ教徒とキリスト教徒は神は唯一ですのでONLYを省いても God=YHWHです!
しかし、キリスト教徒はイエス・キリストを神と勘違いしているようです!
というよりキリスト教が普及した事で教会が権威主義となり、イエスを【神=YHWH】と同格に祭り上げたと言うべきなんでしょうか!(大苦笑)
【モーゼ】【神=YHWH】から受けた【十戒】は実にシンプルな文でした!
キリストが非難したパリサイ人(律法学者)は注釈を律法にしてしまったんですね!
一旦出来た法律を変えるのは容易では有りません!
安息日に一切の仕事をするなと言うのは、7日目には全ての人達が仕事を休めってことです。使用人にも休みを与えなければならないのに与えなかった!
逆に言えば”
6日間は仕事をしなさい言ってる訳で、週休2日なんて【モーゼの十戒】=神との約束背いているんですよ!
謂わば、誰かさん達が他の人々を堕落させてるんですわな!
石打の刑も、磔(はりつけ)の刑も【殺すなかれ】を破っているのに・・・どうしてパリサイ人(律法学者)はイエスを殺す事が可能になってしまったんでしょう!
結局、権威を守る為には、自分達に都合の良い解釈をしてしまうんでしょう!
モーゼの【十戒】が全人類対象で守られれば、戦争は起きないのですが、残念ながらそうではありません!
ヘブライ人だけが対象なんですね!(大苦笑)

イスラム教でも本来なら神を表す”ラー”だけでも良かったんでしょうけど、エジプトの太陽神も”ラー”なので、区別する為にも、”アッラ-”の呼び名に統一されっちゃったんでしょう!
今のキリスト教では、Ⅱの戒律を省きイエス像やマリア像の偶像崇拝を認めてしまっている教会が多く存在しますが・・・本来いかなる偶像も拝むのは許されてないのです!マリア像もイエス像も例外では有りません!
もっと言うならイエス・キリストは神=YHWHでないのです!
イスラム教では、イエスも預言者!
イエスキリストが神ならマホメッドも神になるんですから・・・・・

イエス・キリストも当然【十戒】を厳守して、殺人を認めていません!
しかし、
Ⅵ・殺すなかれ!は同胞以外や犯罪者は例外とされて来ました!が、いかなる理由においても例外は設けられていません!
大罪人でも、殺すより囚役させ貴重な労力として活用しろって事?
【十戒】の【殺すなかれ】って死刑廃止宣言なんですね!ヘブライ人に限定の!
殺せるのは神だけ!

私は高校時代通学時に3年間、新約聖書の和英版を読んでました!
そこには、【滅びに至る門(=地獄・失敗)は広く、その道もまた広々とし、そこを通る人も多い。命(=天国・成功)に至る門は狭く
その道は狭く険しく、それを見いだす者は少ない】と書かれていました!
役員全員が賛成した新製品より、反対を押し切った新製品の方が大成功を収めるのも真理なのかもね!
しかし、新約聖書を読めば読むほど天国に行ける人達が少ない事に唖然としました!

しかし、中世以来キリスト教が多くの国で国教になったのに、
なぜイエスの教えに背き膨大な人々を殺戮してしまったのでしょう?
力で改宗を迫るのはタリバンとなんら変わるものではありません!
彼らは天国には行けたのでしょうか?!

日本でも、戦国時代まで仏教は権力を持ち内戦の要因となっていました!この要因を排除したのが比叡山延暦寺を焼き石山本願寺を滅ぼした信長でした!
以後、仏教は穏健な教団となり、キリスト教も天草四郎の乱を最後に戦いを起こす事がなくなり、日本国内は平和と秩序が保たれるようになり現代に至っています!
しかし、世界は違います!今でも宗教による権力闘争が日常茶飯事に起きているのは、宗教が統一されるまで人類に平和を与えるものではない事を証明しているのではないでしょうか?

数々の奇跡を起こし、全世界にキリスト教を広める創始者イエス・キリストは復活によって【神の子】とされました!
この復活が無かったら、預言者として語られるべき人でした!
イエスは本当に復活したのでしょうか?
イエスが生き返るところは誰も目撃していません!
マグダラのマリアが見た天使も復活した
イエスも幻影だったのでしょうか?
それとも3Dホログラフィーによる映像だったのでしょうか?


へブライ人の都となった【エルサレム】モリヤ山とシオン山に間にあります!
モリヤ山はアブラハムが息子イサクを神への生贄にする燔祭(はんさい)を行った場所で、後にソロモンの神殿が建つ事になるのですが・・・・・
日本にも【エルサレム】同じ高地の神社町が存在します!守屋山に麓(ふもと)にある諏訪神社(諏訪市)付近です。方位は逆ですが!

諏訪神社・守屋山
日本最古と言われる諏訪神社には、イサクの燔祭と全く同じ神事が行われていました
【神渡】の神事や壮大な【木落とし】でも有名な御柱祭がありますがソロモンの神殿造成時にレバノン杉を引いてきた名残ではないのかとの指摘も・・・・・
【エルサレム】は諏訪】同様、海抜700m級の高地なんですよ!
諏訪湖はガラリア湖みたいですし・・・・・・・
諏訪神社前宮の幕屋
前宮にある神殿が出来るまで【ア~ク】が置かれていた幕屋と同じ大きさの神輿置き場!
聖櫃(アーク)が日本で最初に恒常的幕屋の中に鎮座したのは前宮だった可能性は高いですね!
諏訪神社・守屋山1
守屋山東峯山頂と上社の本宮・前宮を結ぶ線はほぼ2等辺三角形を造っています!
そしてその中心線を伸ばすと【伊勢神宮の内宮】に至ります
西の守屋山山頂と上社本宮を結んだ先は【二見が浦の夫婦岩】に至ります!
二見が浦
守屋山山頂と前宮を結んだ先には油日神社
神峯神社を経て宮崎県の【青島】に至ります!
宮崎・青島
しかし、ユダヤやエルサレムに関係する場所を指し示している筈なのに、青島は、さほど重要な場所とは思いません!
では一体どこなんでしょう?
【エルサレム】の【岩のドーム】(=ソロモン神殿跡)の緯度は31度46分41です。
日本では九州南部の・・・・・・・

青島の先には、その昔、【都島】と呼ばれていたという【都城盆地】があります!この都城盆地には10m~15m高い浮島に見える台地が点在します!
都城北緯31度46分41
北西にはイザナギ=イザヤを祭る古社・東霧島神社もあります!
なぜこの土地にの名前が付けられていたのか不思議でしたが、同緯度にある【エルサレム】を表していたんですね!マジですよ!Gogleで調べてみて下さい!
いとも簡単に謎を解くことが出来るなんて、12年前では考えられない事でした!
こうなると、神武天皇の東遷物語は俄然真実味を帯びてきます。

都城で十分な戦力と財力を蓄えたヘブライ人がアークを伴い、混血の子孫を残して宮崎から船で九州東岸を攻略し、次に東遷したのではないのか?アークと一緒なら連戦連勝ですから!そしてエルサレムと同じ高地の諏訪の地を探し出しアークを安置したのかも知れませんね!
私は豊葦原と瑞穂の国は別々だと思っています。諏訪湖の周りに葦が生い茂っていたんでしょうから豊葦原は諏訪?高天原のイメージにもぴったり?
しかし、イザヤは大国主だったのかも?その後、朝鮮を追われたユダヤの王家筋に日本国を譲り渡した・・・・
神武天皇も崇神天皇も同じ【はつくにしらすすめらみこと
崇神天皇の別名は【みまきいりひこいにえのみこと】で、日本に来た高貴な血筋とも読めますからね!
そんな訳で、イザヤ王朝の始まりが、BC660年、現天皇家の始まりは崇神天皇から?
日本の天皇で神の付いた天皇は神武・崇神・応神の3人しかおりません!全員が同一人物なんでしょう!
三人のエピソードを同一人物としていずれ検証しましょう!
私は、九州地方の邪馬台国が、応神天皇時に東遷したと思っています!
でも古代日本人はどうやって肉眼では見えない場所と場所をレイラインを結べたのでしょうね!

イザナギと言えば伊弉諾神社(神宮)
伊弉諾神宮1
伊弉諾神宮の 宮司本名孝至氏が著した 「淡路島と國生み傳承雜考」より 
基本は天文知識なんででしょうけど・・・・・・
未だ上のリンクを読んでいない方は、こちらも読んでんでみて下さい!
http://kobayakawashunichi.blog.jp/tag/%E4%BC%8A%E5%BC%89%E8%AB%BE%E7%A5%9E%E5%AE%AE

守屋山山頂からは大パノラマが!
都城盆地を指すのは、偶然の産物ですって?時代を下れば、久能山東照宮・富士山・日光東照宮は一直線に結ばれています。
GPSも衛星写真も無い時代ですよ!古代の人々の知恵にはもっと経緯を払うべきだと思いますが・・・・・

イザヤが日本に来た時代、日本の中心は東北にまだ在った!【日本(ひのもと)中央】はその痕跡ではないのかと・・・・
諏訪湖は、中央構造線とフォッサマグナ境界線が交わる日本最大のパワースポットです!良くもま~こんな場所を見つけられたもんです!
話はそれましたが、イスラム教の聖地・カーバ神殿はソロモンの至聖所を模したとも・・
イスラム教の最初の礼拝は、エルサレムの方向でした!
しかし、メッカの多神教が祭られていたカーバ神殿を手中にして、礼拝の方向が変わったのです!
カーバ神殿】が【ソロモンの神殿】の至聖所に近かったからですよきっと!

カーバ
当時メディナには、ユダヤ人が多数住んでいたそうで・・・・南のユダ王国が滅ぼされた時に移住したのか元々住んでいたか・・・・あるいは・・・・・・・
人々を幸せにする筈の宗教がなぜ争いを起こし、人の命を奪うのでしょう!
人の理性を狂わせているからですよね!何事も過ぎたるは及ばざるが如しなんですが・・・・・

3つの宗教に共通するモーゼを通して、融和が図れると良いのですが・・・・


古代エジプトで奴隷となっていたヘブライ人を開放し、新しき土地を目指し数十万の民を引き連れ、神の力で紅海を分け、
追って来たファラオの軍勢を海の藻屑と化した伝説の人物です。

科学的にこの伝承を証明しようとすれば、日本人の大多数がそんな馬鹿な、作り話だと信じないんじゃないでしょうか?

シュリーマンもホメロスの叙事詩を信じたからこそ、トロイの発見に繋がったのを忘れてませんか?

誇張や改竄(次の支配者が都合よく書き換える)はあるにせよ、伝承は歴史の証人です!

では、モーゼの奇跡を聖書の記述に基づいで実際に起こりうるのか可能性を確かめてみましょう・・・・

サンライズミニストリーというキリスト教伝道センターという団体が聖書の記述検証をしています。

検証の手助けになりますよ!

まずはモーゼについて・・・・紅海の奇跡に至るまでを・・・・ラムセス時代に想定した映画も作られていますが・・・・・・

後世のイエス・キリストと同じく、誕生時に宰相まで上り詰めた【ヨセフ】の子孫が増えすぎた為、ファラオの命令で統治地域内にいるヘブライ人の赤子全員が殺される事になったが・・・モーゼは葦船に乗せて流され、運よく王女に拾われ、王子として育てられる事に!

しかし、奴隷を助けようとしてエジプト人を殺し、アラビア半島に逃亡し現地で結婚!

始まりであり終わりである神(阿吽?)と遭遇して、神からヘブライ人を奴隷から解放する使命を与えられ

エジプトに戻ります!

当然、兄弟同然のファラオも、奴隷開放なんて認めないので、10の災いをエジプトで起こす!

1、杖でナイル川の水を打つとナイル川が血に変わった!

2、カエルがエジプトを覆う

3、土の塵がエジプトを覆う

4、あぶの大群がエジプトを襲う

5、エジプト人の家畜が死ぬ(ヘブライ人の家畜は死ななかった)

6、膿の出る腫物はエジプト人と家畜に生じた

7、雷と雹がエジプトを襲った

8、イナゴが大群がエジプト全土を襲った

9、3日間暗闇が襲った

10、エジプトの初子が全て死んだ(ヘブライ人は羊の血を入り口に塗った為に何事もなかった=赤鳥居の起源?)

ファラオもモーゼの要求通り、ヘブライ人を奴隷から開放しエジプトから追放する事になった!

さて、クライマックス【紅海の奇跡】の前に、どのような条件が必要なのか検証してみたいと思います。

1・モーゼが王子として認められる為には、王朝が同じアラブ系で有る事が大前提となります。

モーゼがなぜ王女で拾われ育てられたか?・・・・それはエジプト宰相にまで上り詰めたヘブライ人【ヨセフ=アブラハムの息子イサクの孫、父ヤコブ(イスラエル)の11男)の前例があったからです!

2・聖書では、ヨセフの子孫が増えすぎたので、ファラオがヘブライの赤子を殺させたとあります。
当時のエジプトは食糧難=飢饉になっていた可能性があるのでは・・・

ヘブライ人の赤子を殺したファラオが、異民族のヒクソス王朝だったとすれば、モーゼ誕生に時代だった可能性は大きく、ヨセフの様に名宰相として将来ファラオの良き補佐役に成る事を期待出来たからでしょう!

 

モーゼの記録がのこっていないのは、移民族【ヒクソス】が統治した時代なら、ヘブライ人の赤子が王子として育っても違和感がなかった!

 

ヒクソクの時代が終焉したのも、ヒクソス人・ファラオの主力部隊が、紅海(葦の海)で壊滅させられたので急速に権力を失い、奴隷のヘブライ人が一斉に居なくなったのと合わせて、滅亡したとすれば合点がいきます。

アラブ系がエジプトを支配した【ヒクソス王朝】=エジプトエジプト第2中間期(紀元前1782年頃 - 紀元前1570年頃)の時代だったと考えて間違いないでしょう! 

(この王朝の遺産は、追い払った次の王朝に徹底的に破壊され(歴史から抹殺されています。モーゼの話がエジプトの歴史に残っていないのは当たり前なのかも!)

膨大な人達が紅海まで移動するには、ヘブライ人の主なる住居がナイル川東岸に無くてはなりません!

(現代になってナイル川東岸からシリア地方の土器が大量に発見されたので条件は満たしています)

ナイル川の左岸だったら西に向かう筈ですから・・・・

モーゼが向かった先はなぜ紅海だったのか?

モーゼが、エジプト人を殺して逃亡し神と出会ったは、アラビア半島のミディアンでした!

出エジプト後、まずは神と遭遇したアラビア半島のミディアンにあるシナイ山を目指した筈です!

この記述が無ければ、スエズ湾の方が水深も浅いし、地中海側でも想定できるのですが・・・・
モーゼエジプト出
紅海に面したところでファラオの軍に追い付かれ様としていた場所は・・・・・
ファラオの軍が危険を冒さず陸上を迂回して対岸に向うのを躊躇させ、多くの人数が露営で来た大きな砂浜があった場所としてアカバ湾の3か所が想定されます。

モーゼエジプト出2
Aは4Km!全員がパニックを犯さなければ難とか成りそうですね!海面がもう少し低かったら半分以下で渡れば即アラビア半島!

Bは両岸間が25Kmも有り水深も1,000m以上も有るので論外ですね!

Cは、ここだけ何故か半分近く浅くなっています!でも両岸間は17kmもあります!浅瀬間でも14km!

神は何時間息吹を続けたのでしょう?聖書では夜が明ける前まで!約12時間?


アトランティスの原型になったとされるサントリーニ島の大爆発(紀元前1628年頃?)でモーゼの奇跡は今の紅海ではなくデルタ地帯だったなんて仮説も有りますが大地震でも何時間もの間、潮が引き続けるとは思えませんね!
確かに、ヘブライ語の聖書は紅海】ではなく【葦の海】となっていますから今の紅海とは断定出来ませんが・・・・・私はAの場所以外では如何に神の業を信じろと言っても引き連れたヘブライ人が大騒ぎになったと思いますね!又潮流が速ければ堆積物が残りにくいので海底を歩いていける可能性も高いと思うのですが・・・・・・僅か数キロなら、泳いでも行ける人達もいたでしょうし!

サントリーニ島の大爆発(紀元前1628年頃)が先の10の災いを起こした可能性は年代的にも確かにあります!

紅海説の欠点は、ナイル川デルタ地帯から400km以上も離れていることと、テラ島の火山大爆発で起きた暗闇が襲った後、数日後に長時間も海が干上がるには神の奇跡以外、あの水深では説明が付きません!
大勢の民を連れて時速4kmは無理ですし、食事も取りながら一日何時間歩けたんでしょう?

ファラオの軍勢は、時速15kmの戦車で一日10時間も追いかければ3日で追いつく距離ですが・・・ファラオが7日の喪が明けて心変わりしたとすると計算は・・・・・

ちなみに西側の紅海の方が水深はA同様に浅いのですが、アラビア半島へは遠回り!

しかし、なぜモーゼは約束の地カナンに向かわなかったのでしょう?

逆に言えば何故神はカナンに向かわせようとしなかったのでしょう?

それは・・アブラハム時代に、神の怒りで死海のソドムとゴモラ等が硫黄と火で滅ぼされた事に起因していると思うのです。

死海は塩の宝庫です!塩を売る事で莫大な利益を得て繁栄を極め堕落して行ったのでしょう!

ソドムとゴモラが滅ぼされた理由!
1.豊食に飽きながら貧しき人達を助けなかった!
2、男色など忌まわしい事を行った!
まるで同姓婚を認める現代そのものですよね!世界を弱者救済を大義名分にして【ゴモラ化】しようとしている人達がいるんですよ!

死海は、聖都エルサレムから僅か30kmも離れていません!しかし高低差は1000m以上もあるんですね!

福島原発事故を経験したからこそ実感として私たちは理解出来ますよね!


アブラハム(正妻サラとの子イサクユダヤ人の祖先、妾の子イシュマールアラブ人の祖先とされている)が75歳過ぎの大事件でしたが、100年後でも、風向きによってはまだ化学反応で発生する有毒ガスで、とても人が住める環境では無かったのではないでしょうか・・・・だから化学反応が収まって住める環境になるまで荒野を彷徨ったと考えれば辻褄が合います!
死海の塩も硫黄臭くて商品にもなりませんし・・・・

宰相ヨセフの時代でゴモラの滅亡から100年になるのかな~?

ソロモンの巨万の富もソドムとゴモラの様に死海の塩を脱臭しての専売で築けたのでしょうか?

それとも約束の地カナンはアラビア半島にも有ったのでしょうか?

ソロモンはアジアやアフリカ、インド等の交易で巨万の富を築いたのにしてはエルサレムは遠過ぎませんか?
ソロモン時代の直轄貿易港はどこにあったのでしょう?

アブラハム⇒イサク⇒ヤコブの12人の息子達と11男のヨセフの息子マナセ】と【エフライム】を足した13氏族(12+2-1=13)、レビ族は祭司として各部族共通なので、独立した部族としては12部族となります。
マナセ】と【エフライム】は神=YHWHに別格で祝福された部族です!
失われた10支族に含まれます!
1948年、イスラエル建国(1948年5月14日)と時を同じくして、日本でも戸籍制度が改正により家単位から夫婦単位になり、最下層とされていた人々が過去の呪縛から実質的に解放されました!
最終的には1973年(昭和48年)の新平民が記載された壬申戸籍】閲覧禁止まで待たねばなりませんが・・・・・
1947年民法も改正され、以後相続が平等に行われた為、資産は細分化され過疎化の最大原因となりました!
家長制度は、GHQの何でも平等政策によって悪法にされちゃいましたが、地方の人口を守る為の優れた法律だったのですが・・・・
高度成長以降、大都市周辺に人口が過度に集中してしまう結果を招いています!
資産の細分化で生活基盤が失われ、山間部の集落は崩壊!
誰も住めない場所になりつつあるのですが・・・・・・
その昔、日本の国土の70%を占める山々に住んでいた人達がいた・・・・・・・